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2017年7月16日 (日)

平松千恵子さんの事

平松千恵子さんが師匠 安藤敏子さん(2010年1月没)の語りに感銘を受けて、得三でのライブの後、弟子入りを申し入れたのが2007年9月1日。「たかが十年されど十年」と題して、9月2日に天白文化小劇場で芸暦10周年の記念公演を催されるとの事。今、Jamesonを飲みながら気持ちよくこれを書いていますが、僕が飲んでるのは8年間 樽で熟成させたものだと思うけれど、10年の間にその芸を熟成して来られた事に頭がさがります。この10年の間に安藤敏子さん、六柳庵やそさんという2人の師匠を看取り、ご自身の「語り」の世界を広げてこられたようです。されど芸の道は遥か、一生かかって更なる先へと芸術を極めていかれることだと思います。

で、僕はと言えば「語り」なるものを体験したのは7月4日の台風の日が始めて。丁度その日の午後、何の因果か東京に出張を入れてしまい無事に名古屋に戻れるかどうかも怪しい状況。神様の思し召しか、気まぐれな低気圧の御蔭か、公演が始まる前に名古屋駅に辿り着くことが出来ました。得三に行くと明らかにいつもと雰囲気が違う超アウェイ状態。還暦間際の僕が、若輩ものに見えるお客様たち。でも公演の幕が開き、六柳庵やその三味線の音に合わせ端唄を唄う平松さんの語りが始まると、巧みな語りの世界に誘われ易々とファンになってしまった次第。

9月2日の公演はシタール、タブラッカ、バリガムラン、ビブラフォン、バリ舞踊を従えての賑やかな公演となるそうなので、是非とも新しい刺激を求め聴きに行きたいと思っています。

と少し前書きが長くなりましたが、何故僕が平松さんの事を知ったのかを「語り」調で書きます。(外来語を江戸風に直す遊びが正直面白かったです)

其の壱 事のはじめ

時は水無月13日の亥の刻、タカは新栄の振遊庵(SWING)で親誘憂歌隊(DEAR BLUES)の寄席(ライブ)が終わり、広小路葵の交差点に居た。「メッチャ面白かったけれど少し飲みが足らへんな。少し近くのお店で飲みなおそう」。歩いて20間(56メートル)程にある居酒屋大帝須(OTIS)の階段を降り、地下にある店の片面長机(カウンター)に席を落ち着けた。店の亭主 横さんと話をしていると、黒っぽい着物を身に着けた妙齢の姐さん二人がタカの隣に腰掛けた。一人のご婦人が二種類の興行案内(チラシ)を横さんに手渡しながら「案内が出来ました。少しお店に置かせてくださいな。」と言いながら、チラリと視線をタカに向ける。タカは艶っぽい姐さんたちの様子を気にしない素振りをしながら麦来火酒(ウィスキー)を舐める。と、横さんが「タカさんもどうぞ」と二枚の興行案内を手渡した。見ると一枚は文月4日(7月4日)の今池 得三での興行、もう一枚は長月2日(9月2日)の興行案内。その時、初めて「語り」という芸能を知ったタカ。「それにしても10年とは大変やね。師匠には随分可愛がってもろうたんですか。」「いえいえ、この世界、師匠の前に出ようとすると師匠は全力で潰しにかかってくるんです。」との返事に芸の世界の深さ、怖さをタカは感じた。「来月4日の興行は、20歳禁の艶話。お時間があれば、是非お運び下さいな」との誘いに「わかりました。これも何かのご縁。是非お伺いしますわ。」

というのが7月4日の「語り」ライブの始まりでした。冒頭にも書きましたが、聴きに来られているお客さんの一部は端唄、三味線のお弟子さん達とお見受けしましたが、易々と平松さんの「語り」の世界に引き込まれました。

9月2日の天白文化小劇場での公演に是非お邪魔したいものだ、と思っています。

070401端唄でライブは始まりました。

070402_2
付き馬屋話{女郎蜘蛛の挑戦」を語る千恵子さん

070403
20禁 大江戸張形始末 を語る千恵子さん

070405アンコールは端唄で「縁かいな」でした

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